LOGIN九条冬真が東京を離れると聞いた時、神崎蓮が最初に口にしたのは、別れを惜しむ言葉ではなかった。
「もう帰るの?」
昼前の物資集積所で、冬真は自分の領域へ持ち帰る医薬品と交換物資の確認をしていた。東京側から提供するのは抗生剤と簡易通信部品、それに新しくまとめた《変動型相互認証》の紙資料。代わりに冬真側からは乾燥穀物、保存塩、車両用部品が渡されることになっている。
冬真は蓮へ視線も向けず、木箱の中身を確認しながら答えた。
「俺は元々、山岳備蓄庫の共同捜索に来ただけだ。家族も見つかった。M-01の戦闘記録も得た。東京に居座る理由がない」
「もう少しいてもいいじゃん」
冬真の手が止まった。
ゆっくり顔を上げる。
「お前、俺にいてほしいのか」
蓮はその言い方に嫌なものを感じた。
「今の言い方、やめてくれる?」<
第49話 魔王は帰る 九条冬真が東京を離れると聞いた時、神崎蓮が最初に口にしたのは、別れを惜しむ言葉ではなかった。「もう帰るの?」 昼前の物資集積所で、冬真は自分の領域へ持ち帰る医薬品と交換物資の確認をしていた。東京側から提供するのは抗生剤と簡易通信部品、それに新しくまとめた《変動型相互認証》の紙資料。代わりに冬真側からは乾燥穀物、保存塩、車両用部品が渡されることになっている。 冬真は蓮へ視線も向けず、木箱の中身を確認しながら答えた。「俺は元々、山岳備蓄庫の共同捜索に来ただけだ。家族も見つかった。M-01の戦闘記録も得た。東京に居座る理由がない」「もう少しいてもいいじゃん」 冬真の手が止まった。 ゆっくり顔を上げる。「お前、俺にいてほしいのか」 蓮はその言い方に嫌なものを感じた。「今の言い方、やめてくれる?」「俺は質問しただけだ」「何か気持ち悪い」「それはこちらの台詞だ。あれだけ俺の統治方針に文句を言っておいて、帰るとなれば引き止めるのか」「引き止めてないよ」「今『もう少しいてもいい』と言った」「戦力として」「もっと気分が悪いな」 少し離れたところで書類を確認していた千尋が、笑いを堪えるように口元を押さえた。「九条様、神崎さんなりに寂しいんじゃないですか」「違う」 蓮は即座に否定した。 冬真もほぼ同時に言う。「違うだろう」 二人の声が綺麗に重なった。 千尋がとうとう笑った。「そういうところですよ」「何が」「何がだ」 また同時だった。
第48話 人間の合言葉 翌朝、東京生存圏の通信室には、いつもより多くの人間が集まっていた。 北側輸送路、東側中継局、南東避難経路を同時に狙った前日の攻撃は、幸いにも致命傷にはならなかった。しかし、被害そのものより問題だったのは、AIがこちらの通信情報をどこまで把握しているのか分からなくなったことだった。 名前を知っている。 人数も知っている。 移動経路も知っている。 さらに、過去に送られた報告書や救援要請から家族関係や負傷歴まで拾い、本人そっくりの声で通信を作れる。 そんな相手に対して、従来の「氏名と所属を確認する」という方法は、ほとんど役に立たなくなりつつあった。 三浦は机の上へ数枚の紙を広げ、寝不足の顔で椅子へ深く座った。「というわけで、昨日から考えたんですが」 蓮が紙を覗き込む。「寝た?」「三時間くらい」「それ、美奈先生に言った?」「言うわけないでしょう」「俺には睡眠取れって言うくせに」「神崎さんは放っておくと戦闘行くじゃないですか。俺は机で倒れるだけです」「それも十分駄目じゃない?」 すぐ横にいた美咲がため息をつく。「二人とも同じだよ」「どこが」「自分の無茶は理由つければ許されると思ってるところ」 三浦と蓮が同時に黙った。 美咲はそれを見て少し満足そうな顔をした。「ほら」「妹さん、東京来てから日に日に強くなってません?」 三浦が言う。「元から強い」「蓮兄が弱いだけ」「身内からの評価が低い」 そこへ高城が入ってきた。
第47話 帰還者を孤立させろ 最初の異変は、朝食が終わるより早く届いた。「北側第二輸送路、襲撃を受けました!」 通信室から走ってきた若い伝令の声に、食堂の空気が一瞬で変わった。 蓮は箸を置き、高城を見る。高城も同じタイミングで立ち上がっていた。「被害は?」「確認中です。食料輸送車三台のうち一台が横転、護衛に負傷者あり。敵は小型無人機と人型機械だけで、重装型は確認されていません」「妙だな」 高城が眉を寄せる。 蓮も同じことを思った。 本気で輸送路を潰すなら、もっと大きな戦力を出せるはずだ。東京周辺にはまだAI支配区域が残っており、重装型や人工魔法型も完全に排除できていない。 それなのに、小規模。 中途半端に見える。「囮?」 蓮が聞く。「可能性はある」 高城は答えながら通信機を取った。 その直後だった。 別の通信担当が食堂へ駆け込んでくる。「東側中継局からも救援要請! 通信設備へ攻撃を受けています!」 高城の表情がさらに険しくなる。「同時か」「はい。中継塔そのものより、発電機と予備電源を狙われています」「蓮」「分かってる。俺と澪で分かれる?」「待て」 高城が止めた。「まだ判断するな」「でも二か所同時だぞ」「だからだ。相手が何を狙っているか見てから動く」 以前の蓮なら、すでにどちらかへ向かっていただろう。 今は一度止まれた。 ただし、止まれるようになったからといって、焦らなくなったわけではない。
第46話 兄は二十二年分知らない 東京へ戻って三日目の朝、神崎蓮は、自分が妹のことをほとんど知らないという事実を、焼け残った食堂の片隅で思い知らされた。「美咲、牛乳嫌いだったよな」 配給台から受け取った朝食を持って席へ戻った蓮は、紙容器に入った粉乳を妹の前へ置きながら、何気なくそう言った。 美咲はスプーンを止めた。「嫌いじゃないよ」「いや、嫌いだっただろ。小学生の頃、給食で最後まで残ってたじゃん」「それ、小学生の時の話でしょ」「今は飲めるの?」「普通に飲むよ。避難生活で好き嫌いしてたら、最初に困るから」 美咲は何でもないことのように粉乳を飲んだ。 蓮はしばらくその姿を見ていた。「……そうか」「何、その顔」「いや」「何か言いたそう」「俺の中では、美咲ってまだ牛乳嫌いなんだよな」「七年前で止まってるからでしょ」 蓮は返事に詰まった。 美咲は少し苦笑した。「別に責めてないよ。しょうがないじゃん。蓮兄が知らない七年があるんだから」「それは分かってるけど」「私だって、蓮兄の二十二年知らないし」「まあ」「たぶん、私の七年よりそっちのほうが問題大きいと思う」「何で」「昨日、四十三歳くらいの精神年齢って言ってたのに、朝から私の牛乳事情でショック受けてるから」「精神年齢の話、毎回使うのやめてくれない?」「便利だから」 美咲は笑った。 蓮もつられて笑ったが、胸の奥には少し引っかかるものが残った。 昨日までは、家族
第45話 家族を連れて東京へ 山岳地下備蓄庫を出てから東京の生存圏へ戻るまでには、結局二日近くかかった。 行きより遅くなった最大の理由は、負傷者を連れていたからだ。 行きの捜索隊なら多少の悪路は力で押し切れたが、帰りはそうはいかない。担架を持つ人間の足場が崩れれば、それだけで患者の命に関わる。M-01の再襲撃まであった以上、隊列を急がせたい気持ちは全員にあったものの、高城は決して速度を上げなかった。「早く帰ることと、無事に帰ることは別だ」 何度目かの休憩で、高城はそう言った。 蓮には、その言葉が妙に耳へ残った。 以前なら、自分は前者ばかりを考えていた。 早く助ける。 早く倒す。 早く辿り着く。 けれど今回の山岳捜索で、何度も足を止めた。 結果として父も母も美咲も生きている。 負傷者も連れて帰っている。 遅れることが、いつも間違いというわけではないらしい。「蓮兄、また難しい顔してる」 隣を歩いていた美咲に言われ、蓮は顔を上げた。「そんな顔してた?」「してた。昔から考え事すると眉間に皺寄るよね」「お前も人のこと言えないだろ」「私はもっと分かりにくい」「自分で言う?」「七年分の経験がありますから」「またそれ使う」 美咲は少し笑い、前を歩く由美子へ視線を向けた。 母は美奈のそばで、搬送している負傷者の様子を確認している。 正彦は宮本と並び、途中で使えそうな放置車両がないか周囲を見ながら歩いていた。「お父さんとお母さん、思ったより元気だね」 美咲が言う。「美咲もな」
第44話 M-01は死なない 東京へ戻る準備は、夜が明ける前から始まっていた。 山岳地下備蓄庫に残っていた七人の生存者のうち、自力で長距離を歩けるのは五人だけだった。残る二人は美奈の治療によって容体こそ安定したものの、山道を何時間も歩かせれば再び悪化する可能性が高い。 そのため宮本たちは、備蓄庫に残っていた古い資材を使って簡易担架を二台作った。「これ、見た目より頑丈ですね」 伊藤が担架の取っ手を持ち上げながら言う。 宮本は少し得意そうに鼻を鳴らした。「見た目で判断しないでください。建設現場にいた人間は、壊れた物から使える物を作るのが仕事みたいな時期がありますから」「現場監督ってそんな仕事でしたっけ」「人手が足りなければ何でもやります。監督だからって図面だけ持って立ってたら、現場の人間に嫌われますよ」「妙に実感ありますね」「ありますからね」 宮本はそう答えながら、最後の結束具を締めた。 その少し離れた場所では、由美子が持ち出す医薬品や食料を箱ごとに分けていた。昨日まで救助される側だったはずなのに、今朝にはもう周囲の人間へ指示を出している。「この箱は東京へ持っていく分。こっちは道中で使う分だから一緒に積まないでください。あと、包帯は医療班の近くへ置いておいたほうがいいと思います」 高城が確認する。「重量は大丈夫ですか」「全部持っていこうとしたら無理です。優先順位をつけました。抗生剤、消毒薬、止血材、栄養補助食品。それ以外は場所を記録して、また取りに来ればいいでしょう」「判断が早いですね」 由美子は少し笑った。「こういう生活、もう長いので」 その声を聞いた蓮は、少し離れた壁際で剣の状態を確認しながら複雑な気分になった。 帰ってきた時、自分







